早いもので来月であの甚大な被害を及ぼした東日本大震災から
1年を迎えようとしています。
・
下の写真は私の生まれた宮城県石巻市の震災後の様子です。
震災が起きてから1ヶ月後、身内や親戚、友人の安否の確認と
支援物資、人的な援助の為現地に行ってきたときの写真です。

↑震災後の宮城県石巻市内
津波の被害にあったしない中心部の様子
・

↑母の実家がある石巻市雄勝町、小学校の上まで津波が来た様子が
わかります。(屋上に住宅が乗っかっています)
・

↑この場所は母の実家があった場所です。
手前に見えるのは携帯電話のアンテナ棟と思われる鉄骨が横たわり
山の木には津波の高さを想わせるようにゴミが引っ掛かっています。
30mを超えるほどの高さだったようです。
・
・
・
このような甚大な被害も時間とともに色あせてしまいます。
しかしたくさんの犠牲と被害を決して無駄にしないよう
震災を教訓とし学び、生かすために
私たちcultivaは家族を守る大切な住まいの
造り手の責任として取り組む努力を心がけています。
・
・
先日、横浜で開催された「震災対策技術展」-自然災害対策技術展-
に行ってきました。
つい最近、あらたに首都圏や東海地方でのここ数年で大きい地震が起こる確率が報道されたこともあり
たくさんの人が訪れ、関心の高さがうかがえました。
・
・
目に付いたのが、通信関係のブース。
地震発生の予告、津波警報の避難警報、発生後の情報収集、家族を含めた安否確認など
実際に昨年の震災で問題となった「情報」の遅れによる被害を見直す為の
通信機材など展示されていました。
・

↑これは貯水装置で地震や渇水などの災害時に飲料市うや生活用水を
確保するための水道管直結型のタンクです。
大きさは85Lで4人家族が1週間程度生活できるそうです。
その奥にある(四角い箱)のが、バックアップ蓄電池システムです。
昼間太陽光で発電させたり、平常時コンセントから充電をすることもできるそうです。
容量は3.2Kwで300wを8.5時間使用可能だそうです。
・

↑皆さんは備えていらっしゃいますか?
備蓄していてもいざ逃げなくてはならないときに
最低限必要なものを一つの袋に入れておく、
これは重要です。
わたしの叔母は先程の写真にあった母の実家、
石巻市雄勝町で被災しました。
地震後、非常用品を入れたリュックと
亡くなった旦那の位牌、歩きやすい靴を履いて
すぐ避難しました。
家は20分後、鉛色の30mほどの津波にさらわれましたが、
本人は徒歩ですぐに山に逃げて助かりました。
車で逃げようとした近所の方々は渋滞により車が進まず
津波にのまれてしまったそうです。
・
地震後の二次災害は住んでいる地域によって異なりますが、
私たちの義務は大きな地震が来ても大事な家族を守るための
丈夫な家を造ること。
家が安全であれば二次的な被害にも迅速に対応できます。
実際、私が宮城で手掛けてきた木造の住宅も震度7でも倒壊しませんでしたし、
cultivaで手掛けた住まいも昨年の富士宮で起きた震度6強にも十分耐え、
木造住宅でも大きな地震が来ても耐えられるということが実証されました。
もちろんしっかりとした構造計算や施工、仕様によっての結果ではありますが、
これにおごらず、さらに安心して暮らせる
住まいをこれからもスタッフ一丸となって、
知恵を絞って取り組んでいきたいと思います。
・
経験は決して無駄にはしません!
この教訓を生かして・・・
一人でも多くの方々が救われるように!
・
abe